2016.03.01 [ 神村 岡 ]

認知症の高齢男性が線路内に立ち入って亡くなり,JRが遺族に事故によって生じた損害の賠償を求めていた裁判で,最高裁が今日判決を出しました。

結果は,第1審(地方裁判所)と原審(高等裁判所)の結論を覆して遺族の責任を否定するという逆転判決でした。

JR側は,同居していた男性の妻と別居しながら色々とサポートしていた男性の長男に対して訴えを起こし,第1審は両方に賠償を命じ,原審は男性の妻にのみ賠償を命じていました。

結論が変わった大きな理由は,原審が男性の妻を法定の監督義務者として男性が第三者に与えてしまった損害の賠償義務を負うとしたのに対し,最高裁は,配偶者は配偶者であるという理由だけで監督義務を負うことはないとしたことにあります。

この訴訟は,認知症の高齢者の家族に責任を負わせた第1審や原審の判断が世間の注目を集めてきましたが,配偶者であるからといって直ちに第三者に対する関係で責任を負うわけではないという最高裁の判断は非常に大きな判断だったと思います。

ただし,最高裁は,配偶者が法定の監督義務者には当たらないとした一方で,法定の監督義務者でなくとも,監督義務を引き受けたと見うる特段の事情がある場合には,第三者に対する関係で責任を負うとしました。
結果的には,男性の妻も長男も,監督義務を引き受けたとは言えないと判断し,責任を否定しましたが,場合によっては,認知症の高齢者の介護に当たっている人物が責任を負う場合があるということになります。

例えば,今回の事件では,男性の妻自身も介護認定を受け,長男の妻の手を借りて男性を介護していたという事情があり,「第三者に対する加害行為を防止するためにAを監督することが現実的に可能な状況にあったということはできず,その監督義務を引き受けていたとみるべき特段の事情があったとはいえない」として責任が否定されていますが,逆にいうと,妻が元気で誰の手も借りずに一人で介護していた場合,責任が肯定されていてもおかしくなかったということです。

また,男性の介護にもっとも実質的に携わっていた長男の妻は,今回は提訴されませんでしたが,仮に訴えられていた場合,上記の特段の事情に当てはまる(例外的に監督義務が肯定される)と認定されていたかもしれません。

もちろん,今回の事件について言えば,仮に監督義務を肯定されたとしても,やるべきことはやっていたという判断はあり得たと思います。

監督義務を引き受けていたとみるべき特段の事情の有無については,今後裁判例が集積されていくことでしょう。