2014.11.04 [ 齋藤 健太郎 ]

最近は,新聞を読むよりも,ネットでの情報の方が深く情報を得られたりすることもあります。もっと知りたいと思うと,意外と詳しい情報が得られたりすることもあり,情報収集には欠かせないツールです。
また,そもそも新聞だと出てこない情報もたくさんありますので,ネットなしに生活することはほぼ不可能です。

でも,最近思うのは,情報が多いということは,実は真実から遠ざかることもあるのではないかということです。
理由を適当に考えてみました。
一つ目は,情報といっても本当に真実のわずか一部を切り取っているに過ぎないということです。
いくら切れ端が増えたところで,全体像は見えません。

二つ目は,我々がネットで検索しているのは,興味・関心のある情報だけだということです。
逆に情報を与える方もそういう切り口で情報を提供しますので,実は多角的な視点では検討できていません。

三つ目は,デマが紛れ込むためにその情報の正確性が担保できないということです。結局は,あらゆる情報を信じられなくなり,価値は低下してしまいます。

では,ネット社会において,どうやって自分に必要な情報を得るべきなのか。
一を聞いて十を知るという言葉がありますが,少ない情報の中でもこの時代に何が起きているのかを理解していくためには,少ない固い情報から,事実を作り上げる力が必要なのではないでしょうか。
全てを知るというのは無理ですよね。
いくつかの重要かつ大きな視点をもって,想像力を働かせていくことの方がよほど真実に近づけるのではないか・・・そんなことを感じます。

弁護士の仕事も,調査によって証拠が沢山出てこないことも多々あります。
その場合に必要なのは,想像力を働かせて,いかに説得力のあるストーリーを裁判官に提示するかということです。
少ない事実であっても,それが全て一つの流れで説明できるときには,とても説得力のある話になります。
逆に一つ一つの証拠だけでは,ジグソーパズルのピースに過ぎませんが,足りないところを埋めていくと,全体の絵が見えてくる・・・たとえるとそんな感じでしょうか。
まさに弁護士の腕の見せ所ではないでしょうか。