2016.09.12 [ 齋藤 健太郎 ]

例の問題です。
まず,固い事実から確認していきましょう。

【事実経緯】
被害者とされる女性の知人が通報した。
当初より一度も否認していなかった。
母親も謝罪していた。
金銭を支払って「被害者とされる女性」と示談を締結した。
その後,起訴されることなく釈放された。
・・・
弁護人らは釈放後に
金を積んだから釈放されるというものではない。
合意があると誤解した場合には無罪という話を強調。
報道されているように無理矢理ということはない。
起訴されるなら無罪主張するつもりだった。
などとの見解を発表。
・・・
【問題点】
1 被害者(とされる女性)の同意を得ての発表か。二次被害ではないのか。
2 被疑者(だった男性)の利益になっているのか。何のための発表か。

1については,同意をしていたからこそ見解発表したという考えもありますが,私なら,「被害者とされる方の同意を得ている」ことを付記するような気がします。被害者を蔑ろにした印象を持たれるのが嫌だからです。
仮に同意を得ていないとすれば,金で黙らせたうえで,不意打ち的に一方的な立場から意見を述べたという印象を抱きます。口外禁止条項というものを入れることが多いのですが,あえてそれを入れなかったのか,相手にだけ課したのかもしれません。

2については,どうやっても利益になったという感じはしません。
これを読んで「あ〜。彼は実はやってないのかもな〜。同意があったと思ったんだね〜。無理矢理なんかしていないんだね〜。」なんて思ってもらえるでしょうか?
少なくとも,お金を払わなければ示談できなかったし,示談をしたから釈放されたというのは間違いのないことですが,それ以外のことは一方当事者の意見としか捉えられないのではないでしょうか。

では,何のための発表だったのか。
被疑者(だった男性)が,強く望んだので発表した?
しかし,それは弁護人が不利益になることを説明すればコントロールできそうな気がします。
私の勝手な感覚ですが,弁護人の考えで発表「すべき」と考えたという感じがします。

なかには,推定無罪なのにマスコミがおかしいという意見を述べている方もいますが,ポイントはそこではありません。理念を重視するのは簡単ですが,否認もせず戦ってもいないのですから,余計なことを言っても不利益になるだけではないかが問題なのです。不利益になっても良いと思えるだけのメリットがそこにあるのかを,弁護人の先生方がどのように吟味されたのか,是非知りたいところです。