2014.03.01 [ 齋藤 健太郎 ]

安倍政権が,「憲法解釈の変更」を行うというおかしなことを言っています。言うまでもないことなのですが,改めてそのおかしさを確認してみたいと思います。

「憲法解釈」というのは,憲法はどのように解釈される「べき」か?ということであり,本来,憲法の条文自体から導かれるものです。わかりやすくいえば,「答え」があるものです。
もちろん法律にははっきり書いていることもあれば,はっきり書いていないこともありますが,あまりに当然過ぎていちいち書かないこともありますので,そこで何が正しいのかを決めていく必要が出てきます。
それが解釈というものであり,政府がどう考えるかは無関係です。

我々法律家が学生時代から何をひたすら勉強してきたのは,法律をどのように解釈すべきかということです。
憲法については,憲法の条文や憲法の原則から,どう考えるべきなのかを議論するのが大切なことです。
したがって,解釈というのは誰かが変えるというものではありませんし,今までと違う解釈をするというのであれば,今まで間違っていたということを認めなければならないでしょう。

そういう意味では,政府が解釈を変更するという権限もないし,せめて「これからは憲法を正しく解釈する」ということを言わなければならないはずです。そのおかしさに全く気がついていないのが一番の問題だと考えています。

そもそも,憲法の改正をするために,改正の要件を定めた憲法96条を変更するという方針だったはずです。それも,憲法自体を変更しやすくするというおかしな話だったのですが,今度は,憲法を変えずに憲法を変えたのと同じ結果を導こうとしているようにみえます。

たしかに,自衛隊というものの存在自体が,憲法違反ではないかという強い疑念があるのに,それを許容してきたのは,政府の解釈ということもあり,憲法の解釈がとても緩やかだとの印象を与えてきたともいえます。

憲法第9条を見てみましょう。

第9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

この条文には「陸海空軍その他の戦力は,これを保持しない」とありますが,自衛隊はこれにあたらないと考えるのはかなり厳しいというのが素直な解釈でしょう。

今,議論になっているのは「集団的自衛権」というものです。
同盟国であるアメリカが攻められたら,自衛隊が出動して攻撃をできるというものですが,自衛隊を無理矢理合憲としてきた「政府解釈」ですら,今までどうしても憲法に反しないとはいえなかったものなのです。
これは,「武力による威嚇又は武力の行使」を「国際紛争を解決する手段として」用いているといわざるを得ませんよね。

つまり,安倍政権は,憲法9条をあってないものにすること,すなわち「死に体」にしてしまうことが目的なのです。
このように解釈でどうにでもできるということを許すと,もはや政府は何でもできてしまいます。
それが最終的に国民である我々のもとに,大きな不利益として跳ね返ってくることに,十分に注意しなければなりません。