2016.04.04 [ 齋藤 健太郎 ]

面白いというか,本人にとっては地獄のような事件があります。
平成26年4月24日のさいたま地裁判決です。

心室中隔欠損症という病気の手術をしたところ,心臓に手術時に用いた針(1cm)が残っていることが判明しました。
その後,再度手術をしたものの,出血がすごくて取り出すことができずにそのまま閉胸・・・。
右心房にあった針は,その後,ゆっくりと下大静脈へと移動し(逆の流れなんですがね),さらに肝臓の静脈にまで移動し,そこで止まったとのことです。
最終的には肝臓を切除しないと取れない状況になりました。

被害者の方は,いつ針が悪影響を与えるのかわからないという死の恐怖に脅えて暮らさなければならず,精神的にも参ってしまい(二度の自殺未遂),就職もままならず,勤めたものの解雇を恐れて暮らしているということです。

それに対して被告は,
・感染はほとんど考えられないので大丈夫。
・動いたとしても少しずつだからすぐに出血したりしないので大丈夫。
・外からの力が加えられても針だけ動くことはなく全体として動くから大丈夫。
などという理由から
「原告の現状は生命の危険性のないものであって、原告が死の恐怖を払しょくすることができないとしても、それは担当医師の医学的な根拠に基づく説明を全く無視した原告の主観的な受け止め方であり、医学的な根拠を欠くものである。医学上本件針の遺残による原告の身体への影響は全く存在しない。」
と言ってのけました。
そして主張した慰謝料額は20万円です。

まあ百歩譲って,身体への影響の可能性は低いとしても,その恐怖を「医学的な根拠に基づく説明を全く無視した原告の主観的な受け止め方」とするのはあまりに傲慢ではないでしょうか。
単純な話,これが自分だったとして,「医学的には大丈夫!安心!」と考えて,気にしないで生きていけるのか・・・気になって精神的に参ってしまったとしても全くおかしい話ではありませんよね。

判決は以下の理由から700万円の賠償を認めました。
・通常一般人の感覚からして、自己の肝臓に針が遺残され存在し続けていることの恐怖感は大きい(先例もないので影響が予測できない)
・肝臓の約4割を切除しないと本件針が摘出できない
・現実に原告の就労の機会が脅かされた
・本件手術終了後に後に速やかに本来不必要な手術を受けることとなった

おそらく精神的慰謝料の相場としては,身体的被害が実際に生じていない例としてはかなり高額であると思います。
通常の人が感じる当然のことを慰謝料額として反映した妥当な判断なのではないでしょうか。