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齋藤健太郎弁護士 小西政広弁護士 神村 岡弁護士

試験訴訟

2015.08.20 [ 小西 政広 ]

試験の採点が誤っていたから訴訟をするというわけではありません。


裁判をする場合,その請求する額に応じて,裁判所に手数料を払わなければなりません。

請求額が増えれば手数料額も増えます。

ケースによっては,請求額は高くなるけれども,証拠関係上,最初から自信を持って裁判を起こせないものもあります。

その場合,はじめから高い請求額で裁判を起こさずに,全体の請求額の一部だけを請求するという選択肢があります。

これを一部請求といいますが,試験的に訴訟を起こすということで試験訴訟とよばれることもあります。

学生時代は一部請求についてよく勉強するのですが,弁護士になってもうすぐ5年,まだ実際にやったことはありませんでした。

この度,初めて選択すべき事案を取り扱っています。

英会話

2015.08.15 [ 神村 岡 ]

昨年あたりから英語の勉強を細々と続けてきましたが、英会話も始めることにしました。

ネイティヴの先生の個人レッスンを定期的に受けていくつもりです。

これまで、学生時代を含めて英語のリーディング、リスニングの経験はそこそこありますが、英会話は全くの初めてです。

予想はしていましたが、これまでのレッスンでは言いたいことがなかなか言えず、苦労しています。英語での言い回しがとっさに出てきませんし、やはり語彙も不足しています。

どこまで成長できるかわかりませんが、継続していきたいです。

札幌のビアガーデンの期間が短く感じるように。

2015.08.12 [ 小西 政広 ]

なりましたね。

以前は,それこそ10年ほど前は,昼間どれだけ熱くても夜に外でビールを飲んでいて楽しいくらいの気温にならず,寒い思いをした記憶しかありません。

しかし最近は,夜まで暖かい,暑い日が本当に多くなりました。

それに伴って,今日からビアガーデンやっていれば良かったのに,などと考えことも多くなりました。

そんな大通公園のビアガーデンも今週で終わりですが,多分もう少しやっていれば良かったのに,と思う日がまだあるでしょう。

特に何というわけでもないですが。

七夕行事

2015.08.08 [ 神村 岡 ]

北海道では今日が七夕に当たるようで,私の自宅近辺の町内会で子供向けの七夕の行事が催されたので,子供と一緒に参加してきました。

まず,参加した子供達と親とで町内のいくつかのお宅を回って,「ローソク一本下さいな」と言ってそれぞれのお宅からお菓子をもらいました。
七夕というと笹の葉と短冊というイメージしかなかったのですが,このような行事は北海道では一般的な行事のようですね。我が家の町内会では何十年も前から続いている行事だそうです。
10軒以上のお宅を回りましたので,子供はかなりの量のお菓子をゲットしていました。
当分お菓子は買わずに済みそうです。

お菓子をもらうイベントの後は,花火で遊びました。

もちろん子供はご満悦でした。

契約書,適当に署名押印していませんか?

2015.08.04 [ 小西 政広 ]

契約書をどこかで拾ってきたひな形で,内容をよく読まずにそのまま使っている事業者の方,相当数いらっしゃるのではないでしょうか。

しかし,これはなかなか危険です。

そもそもあなたが持ってきた契約書のひな形は,誰に有利に作られたものでしょうか。

契約書を作る際には,一つでも多く有利な条項を入れるために,綿密に交渉をし,たとえひな形を使うとしても,全て独自に作り上げる位の気概が必要です。

そうしなければ,まさにいざというときに全く自分に役に立たないばかりか,自分が持ってきた契約書案なのに何故か相手が有利になったりします。

弁護士として事件の相談を受けた際にも,例えば東京の裁判所にしか訴えができない条項が入っているために,その分余計な金銭的負担を強いられる,という事案が散見されます。

契約書の出来不出来は,どれだけ多くの紛争の可能性を想定できるかにかかっています。

たかが契約書と思わずに,必ず弁護士に相談するべきです。

交渉相手と気まずくなっても嫌だし,という方には,後方支援として様々な想定紛争及び理想的条項の提示を行います。

痛みの不思議

2015.08.04 [ 齋藤 健太郎 ]

たまに家のダイニングテーブルの脚に,自分の足をぶつけてしまうことがあります。
椅子の脚が微妙に外側に出ていて,そのせいでついぶつけてしまうのです。
家にいると裸足のことが多いのと,椅子の脚が細くて四角くカットされているのでかなり痛いです。
その瞬間,意識を遠くに追いやろうとしますが,痛いものは痛い。
痛いんだから仕方ない。
それ以外にも子供がそこらへんにまき散らした「レゴブロック」とかを思い切り踏みつけてしまうこともあります。
言うまでもありませんが,これまた痛い・・・ちゃんと片付けろ!

でも,よく考えると不思議です。痛みっていうのは自分の身体が自分で作り出しているものなんだから,どうにかコントロールできないのでしょうか?
特に,たいしたことはない場合や原因がわかっている場合とかは,痛みを切るスイッチを押すようなことができれば好都合です。
人間は,痛みを感じることによって,自分の身体を守っているようですが,明らかに不要な場合についてはその危険信号もやっかいなだけです。
交通事故でむち打ちになった方や,CRPSという疾患の方とかも,痛み切るスイッチがあればどんなに良いか・・・。一応,ブロック注射というものがありますが,万能ではないようです。
ほかにも幻肢痛といって,足を切断した後に,その切断した部分に痛みが出るなんてこともありますが,これもはっきりいって意味のない痛みです。

昔,麻酔科医の先生に相談したときに,「痛みは情動なんです」と言われたことがあります。
痛みというのは感情と一緒ということです。
痛みも感情もそうですが,本来,コントロールするのが一番なのに,そう簡単にできません。
感情的になることなんて,ほとんどのことが取るに足らないことなのですが,それに振り回されるのが人間ということなのでしょう。

次レゴブロック踏んだら全部捨てるつもりです。


弁護士を監督する・・・

2015.08.03 [ 齋藤 健太郎 ]

我々弁護士の仕事は「信用」で成りたっているといっても過言ではありません。
信用して頂けるからこそ,様々なことを代理して行えますし,スムーズに事が運びます。
逆に信用が低下すればするほど,仕事として成りたたなくなってしまいます。
お金を預けてもらうこともできず,代わりに手続することもできません。

ところが,最近は弁護士の不祥事が毎日のように報道されています。
全くもってあり得ないような横領事件などを耳にして耐えがたい気持ちになります。

最近のニュースで,東京家裁で,弁護士の横領などへの対策のために,成年後見人に弁護士が選ばれた場合でも,「成年後見監督人」というものを付ける運用を始めることを知りました。
つまり,弁護士を弁護士が監督するというシステムにしていくようです。

成年後見人に弁護士がつく場合には,それだけでも報酬が生じるのに,さらに成年後見監督人の弁護士の報酬が発生することになります。
また,弁護士の業務も自由度が下がり,成年後見監督人の顔色をうかがうことになるかもしれません。
成年後見人は,本人の意思を十分に尊重することが求められていますが,果たして監督人による監督が,それを阻害しないかどうか心配になります。
すでに,親族が後見人になる場合には,「後見制度支援信託」という制度が積極的に進められており,簡単にお金を下ろしたりできなくすることで,横領を防いでいます。裁判所がしっかり監督しなかったと評価されるのを避けるという目的も垣間見えます。

次は,後見監督人と後見人がグルになって横領をする事件が起きないことを祈ります。そのときの対策はどうするのでしょう。後見監督人を二人つけるとかでしょうか・・・。

ドローンウェポン

2015.07.31 [ 神村 岡 ]

先日,ドローンに拳銃を装着させて発砲している動画をインターネット上で見ました。

この動画に対する反響は大きく,規制すべきだという声が多かったようです。

確かに,犯罪やテロに使われた場合極めて危険な道具になるでしょう。

また,取り付けられたのが爆弾だったとしたらどうでしょう。

誰が操縦しているのかわからないため,犯罪に使い易いともいえるでしょう。


また,このようなドローンが大量に武器として使われた場合,それは一つの軍隊にもなり得るのではないでしょうか。

しかも,人に向けて自動的に発砲するようにプログラムされていたら,もっとやばいかもしれません。

こういう具合に,危険な方向には容易に色々と想像できてしまい,しかもどれも簡単に実現出来てしまいそうです。


そうなってしまわないように祈るばかりです。

日記

2015.07.29 [ 小西 政広 ]

英会話をやり始めたのですが,先生から,毎日英語で日記を書くように言いつけられています。

日本語でも日記なんて続かないのに。

いつも前日とか当日にまとめて書きます。

意味ないですね。日記なのに。

毎日続けるということはなかなか難しいことです。

ちなみに最近2回のレッスンでは前日も当日も日記かけず,気まずい思いをしました。とさ。

死ぬ場所はどこがいいですか。

2015.07.28 [ 齋藤 健太郎 ]

突然,私に変な相談が来ました。
弁護士としてというよりは,単に何か知っているかもしれない人として聞かれたのです。

ある方が,癌の末期と宣告されたのですが,家で生活したい。でも,病院では入院しないのであればやれることはないといわれてしまった。どうしたらよいのか。何か知ってるか。というもの。
うーん。何も知りません。

又聞きの又聞きなので全く正確な情報ではないかもしれませんが,もしそのようなことがあるとしたら少し残念です。
私は,今まで幸せなことにまだ親を見送ってはいませんが,祖父母,曾祖父母を見送ってきました。どの人も家で息を引き取ることはなく,病院で亡くなりました。それが当然のことだと思っていました。
祖母を除いては,皆,最後はよくわからないけど生かされているという状態となり,意識もないまま相当の期間を過ごしていたように記憶しています。

もしこれが,医療の手にかからずに,在宅で過ごしていたら一体どうなったのでしょうか?
ほとんどそのような事例を身近に聞かないので想像できませんが,もしかしたら病院とは違う亡くなり方をしたのではないか,実は家でそのまま亡くなることもできたのではないか・・・などと考えてしまいます。

上記の方については,ネットで少し調べると「在宅ホスピス」なるものが札幌でもあるようで,在宅で一定の治療を受けながら,悪化した際には入院するか,場合によっては在宅のまま息を引き取るということもできる場合があるようです。

尊厳死や,在宅ホスピスというものは日本ではまだまだこれからなのだと思いますが,これからは次第に増えて行くような気がします。
日本人は,50年前にはおそらく癌の告知すらされなかった方が殆どであったことを考えると,世の中は変わっていくのだな・・・と思います。

私は,癌の告知をされた場合には,抗がん剤治療もせずに,家で安らかに死にたいなんて今は思っていますが,実際には少しでも長く生きたくて頑張ってしまうかもしれません。

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